蝉の声が夏の空から降り注ぐような昼下がりだった。
「ただいま……。」
暖簾をくぐったクコは、いつものように笑おうとした。
けれど、その笑顔は最後まで続かなかった。
「先生!」
ふらり、と玄関先にしゃがみ込む。
額からは汗がぽたぽたと床に落ちた。
「先生、どうした!」
生姜が駆け寄る。
「今日は訪問鍼灸が続いてね。」
クコは苦笑いした。
「最後のお宅はマッサージだったから、たくさん汗をかいてしまったの」
「外も暑かったし……少し身体がついていかなかったみたい」
そう言うと、小さく息をつく。
「ごめんね」
「何か食べられたら、少し楽になると思うんだけど…」
「先生!」
「お水!」
「ご飯作るから横になってて!」
「毛布!」
「えっ、毛布?」
みんな口々に言葉を発する。
養生堂は一気に大騒ぎになった。
「今日は温めるんだよね!」
「違うよ、冷やすんだよ」
「まず何をしたらいいの?」
その時だった。
「みんな、一度落ち着こう。」
甘草の静かな声が店の中に響く。
不思議と、みんなの動きが止まった。
「まずは涼しい部屋へ」
「濡れたタオルを」
「それから、お水を少しずつ」
「うん!」
今度はみんなが同じ方向へ動き始めた。
薬棚の奥から、小さな声が聞こえた。
「今日は僕たちの出番かな」
人参が一歩前へ出る。
その隣に五味子。
少し遅れて、麦門冬も顔をのぞかせた。
「私がお茶を淹れるわね。」
と五味子。
「大棗ちゃん、一緒にお粥を作ってくれる?」
人参が微笑む。
「もちろん」と大棗。
「ぼくも!」
麦門冬が元気よく手を挙げる。
「じゃあ、お米を用意してくれるかな」
「はい!」
三人は顔を見合わせて笑った。
その頃。
「先生、この服に着替えましょう」
芍薬が、風通しの良い涼しい着物を持ってくる。
生姜は冷たい手ぬぐいを絞り、
桂枝は氷を抱えて走ってきた。
「先生、これ!」
「ありがとう」
少しずつ、クコの表情が和らいでいく。
「少し眠るね」
そういうとクコは間もなく寝息をたてていた。
甘草がそれを見てそっと安堵の息をもらした。
穏やかな風が夜の気配をつれてくる頃。
クコは起きてきた。
机には湯気の立ち上るお粥。
五味子のお茶。
そして、ひんやり冷えた薬膳ゼリーが並べられていた。
風鈴が揺れ、
蝉の声が少し遠く聞こえる。
「先生、これ淹れたの」
五味子がそっと湯呑をクコの方へ寄せる。
「いい香りだね」
クコがそう言うと、五味子は嬉しそうに笑った。
「お粥も食べて、力をつけて」
人参がちょっと誇らしげに言う。
「僕も手伝ったんだよ」
麦門冬も自慢げだ。
「えぇ~、みんな凄いね。ありがとう。いただくね」
「おいしい」
クコは、ほっと息をついた。
「みんなのおかげで、元気になったよ」
養生堂のみんなが、嬉しそうに笑う。
「先生でも夏バテするんだね」
生姜が少し驚いたように言う。
「先生も人間だからね」
クコは笑った。
みんなもつられて笑う。
少し間をおいて、クコは優しく続けた。
「でもね…」
「もし夏に、本当に様子がおかしい人を見つけたら、自分たちだけで何とかしようと思わないで」
「命にかかわる事もあるからね」
「まずは救急車を呼ぶんだよ」
みんなが静かに頷く。
「養生は、命を守ってこそだからね」
風鈴が、もう一度。
ちりん、と優しく鳴った。
第十二話 ~ 完 ~



養生堂にはまだまだ隠れた逸材が控えているようだね😁
クコ先生大丈夫ですかー!💦
クコ先生の為に養生堂のみんながアタフタしながらも力になろうとする様子に、クコさんの飛蚊症の話を思い出して胸が熱くなりました。
周りでも熱中症や夏の暑さでバテている人が多いです。体調に気をつけて過ごしたいものですね。