Yojodo Café — Episode 6
All I Could Taste Was Kindness
昼下がりの養生堂は、どこか落ち着かなかった。
店は開いている。
お茶もある。
薬膳も出せる。
けれど、いつも聞こえる声がない。
「こんにちは」そう言う人がいないだけで、店は少し広く感じた。
「……静かだね」大棗がぽつりと言う。
「先生がいないから」
桂枝が窓を拭きながら答えた。
今朝からクコは奥で休んでいる。
熱は下がったものの、まだ寝ていた方がいいと芍薬に言われたらしい。
「ちゃんと寝てるかなぁ」
「見に行かない」芍薬が即答する。
「三十分前に見に行ったでしょ」
「だって気になるんだもん」
その時だった。
ガラガラと扉が開く。
入ってきたのは若い女性だった。
綺麗な人だった。
けれど、泣き腫らしたような顔をしていた。
「こんにちは」甘草が迎える。
女性は小さく頭を下げて席についた。
大棗が粥を運ぶ。
女性は静かに匙を持った。
ひと口。
ふた口。
けれど表情は変わらない。
「お口に合わなかったかなぁ」
大棗が不安そうに呟く。
女性は慌てて首を振った。
「違うんです」
そして少しだけ困ったように笑った。
「何を食べても、味がしなくて」
店の空気が静かになる。
「風邪?」桂枝が首を傾げる。
「違うんです…」
少しの沈黙。
「眠れなくて…」
さらに沈黙。
そして少し迷ったあと、小さな声で言う。
「昨日……別れたんです」
誰も言葉を返せなかった。
「いっぱい泣いたんです」
窓の外を見ながら続ける。
「なのに、まだ苦しくて」
大棗は胸の前で手を握った。
桂枝も黙る。
芍薬も何も言わない。
どうしたらいいんだろう。
いつもなら…
こんな時は。
先生がいるのに...
沈黙の中で、甘草がふいに立ち上がった。
「少し待っていてください」
そう言って台所へ向かう。
「甘草くん?」大棗が後を追う。
甘草は棚から大棗を取り出した。
それから小麦。
そして自分の前髪をひと房つまんで見せる。
「甘草もある」
「それは知ってる」芍薬が冷静に突っ込む。
「何作るの?」桂枝が覗き込む。
甘草は少し考えてから言った。
「やさしいお粥」
みんなで鍋を囲む。
ことこと。
ことこと。
大棗が柔らかくなるまで煮る。
小麦にゆっくり火を通していく。
湯気が立ちのぼる。
養生堂らしい匂いが広がった。
「なんか甘い匂い」大棗が嬉しそうに言う。
「うん」甘草が静かに頷いた。
やがてお粥が出来上がる。
水分をたっぷり含んで光る粥の中で
柔らかく煮えた大棗が浮かんでいた。
「どうぞ」女性の前に置かれる。
女性は少し不思議そうな顔をした。
「新作ですか?」
「たぶん」桂枝が答える。
「たぶん?」
「たぶん」
芍薬がため息をついた。
女性は思わずクスッと笑った。
そして匙を口へ運ぶ。
しばらく黙る。
誰も何も言わない。
湯気だけが静かに揺れている。
その時だった。
ぽたり。
雫がお粥の中へ落ちた。
大棗が慌てて身を乗り出す
「熱かった!?」
女性は首を振った。
「違うんです」もう一度首を振る。
「味がするの…味が…」
その声は震えていた。
「やさしい味がする」
涙がぽろぽろと落ちる。
今度は止まらなかった。
「大丈夫ですよぉ」大棗がそっと言う。
「いっぱい泣いてください」
女性は泣きながら笑った。
扉が閉まる。
みんなでほっと息を吐いた。
その時。
奥の襖が少し開く。
「なんだかいい匂いがした」
眠そうな声だった。
「先生!」
全員が振り向く。
クコが顔だけ覗かせている。
「起きたの?」と芍薬。
「ちょっとだけ...」
クコは台所の鍋を見る。
そして微笑んだ。
「あら」
それだけで、みんなが少し嬉しくなる。
「いいもの作ったね」
甘草が少し照れくさそうに言う。
「見よう見まねです」
クコは鍋の中を覗き込む。
柔らかく煮えた大棗。
皮が裂けていない小麦。
そしてその傍らには甘草
ふっと目を細めた。
「ちゃんと届いたみたい」
その言葉に、 みんなは顔を見合わせた。
何のことだろう。
けれど誰も聞かなかった。
「先生!」芍薬が腕を組む。
「部屋に戻る」
「はい」肩をすぼめて答える。
「今日は素直だ!」桂枝が驚く。
「怒られたくないからねぇ」そう言いながら部屋へ戻るクコ。
その背中を見送りながら
養生堂には久しぶりに笑い声が広がった。
第六話 ~完~
第五話はこちら



クコさん、温かいです🥹心のこもった料理から優しさが伝わる…涙が出る。あまりしたことのない体験かも。いいなぁ🥰
ほんのり甘い優しさに包まれました💗良いお話しをありがとう😊