夕暮れの空に、提灯の灯りがぽつぽつと浮かび始めた。
養生堂の近くの小学校で、年に一度の夏祭りが開かれる。
「今日は少し早めに閉めようか」
クコがそう言うと、生姜は飛び上がった。
「やったー!」
「お祭りだ!」
暖簾をしまい始めると、薬棚の奥から小さな声が聞こえた。
「……お祭り?」
ひょこっと顔をのぞかせたのは、赤い実を抱えた女の子だった。
「屋台もありますか?」
「あるわよ」
クコが笑う。
「焼きそばも、焼き鳥も、かき氷も。ね。先生!」
大棗が嬉しそうに続けた。
その言葉を聞いた途端、女の子の目がきらりと輝いた。
「行きたいです!」
「もちろん、一緒に行こう、山査子ちゃん」
クコが優しく微笑む。
「やった~!」
校庭には笑い声。
焼きそばの香り。
盆踊りの太鼓が鳴っている。
「先生!」
大棗がヨーヨー釣りを見つけた。
芍薬が少し興奮したように言う。
「これ、やってみませんか?」
「いいね」
クコは笑いながらしゃがみ込む。
「こっちの赤いのにしようかな」
「でも、この青いのもきれい」
「先生、あれこれ迷っていると切れちゃいますよ!」
山査子が笑う。
結局、一番真剣だったのはクコだった。
その頃。
「勝負だ!」
射的では生姜と桂枝が大盛り上がり。
「あっ!」
「惜しい!」
二人とも夢中になっている。
クコは少し離れた所で笑っていた。
「二人とも、子どもみたい」
「先生もですよ」
甘草が小さく笑う。
クコは、そんな甘草に軽くウインクすると
生姜と桂枝の方へ歩いていった。
「ちょっと、ちょっと、ふたりとも!」
「射的はこうやるのよ」
「貸してみて」
クコは桂枝から鉄砲を受け取ると、少しだけ目つきが変わった。
真剣な表情で的を狙う。
ぱんっ。
弾は見事、二人が狙っていたお菓子に命中した。
「先生、すげぇ~」
驚きを隠せない生姜と桂枝。
「ふふっ、こう見えて、的当ては昔から得意なのよ」
その時、クコの声をかき消すように太鼓の音が一段と大きく鳴りだした。
「あっ、盆踊りが始まったよ!」
「踊ろ、踊ろう!」
大棗が嬉しそうに言う。
「僕はここで見てます」
甘草は盆踊りの輪を眺めていた。
「みんな迷子になったら困るから」
するとクコが手を差し出しながら言った。
「甘草くん」
「今日は見守る日じゃないよ」
「一緒に踊ろう」
生姜と桂枝も両腕を引っ張る。
「ほら!」
「行こう!」
「え、えぇ!」
気がつけば甘草も輪の中。
ぎこちなく踊る姿に、みんなが笑った。
「お腹すいたね」
山査子のその一言で、今度は屋台巡りが始まった。
「先生、焼きそば!」
「焼き鳥もありますよ」
「あっ、あんず飴!」
その時だった。
「先生ーーー!」
元気な声に振り向くと、焼きそばの屋台には、町内会長さんが立っていた。
「会長さん!元気そうですね」
「おかげさまで!」
みんな思い思いに食べ始めた。
クコもこの時とばかりに嬉しそうに食べている。
焼きそば。
焼き鳥。
フランクフルト。
たこ焼き。
とうもろこし。
あんず飴。
綿あめ。
そして、もう一つ焼きそば。
「先生、それ食べ過ぎじゃ……」
生姜が心配そうに言う。
クコは笑った。
「今日はお祭りだから特別」
「この前、寝込んだばかりだよね?」
「無理しないって言ってたよね?」
「えっ……でも…今日は特別…」
「…会長さんからも勧められちゃったし…」
みんなが吹き出した。
その横で、山査子ちゃんは焼きそばを半分ずつお皿に分けていた。
「先生、一緒に食べましょう」
「うん」
「いっぱい食べたら、あとで盆踊りをもう一周しましょうね」
「うん、うん」
そう返事をしながら、クコは焼きそばを頬張る。
「…もう…」
山査子は少しだけ苦笑いした。
帰り道。
夜風が少し涼しくなってきた。
「ふぅ……」
クコが立ち止まる。
「先生?」
「ちょっと……お腹が……」
「えぇーっ!」
みんなが慌てて駆け寄る。
「大丈夫、大丈夫、ちょっと食べすぎちゃったみたい」
お腹をさすりながらクコが言う。
少しだけ急いで養生堂へ戻った。
山査子は慌てるみんなを見回して、小さく微笑んだ。
「大丈夫です」
「私にまかせて」
大棗と一緒に台所へ向かう。
湯気を揺らしながら、二人は湯呑を持って戻ってきた。
「先生、これ飲んでください」
山査子がそっと渡す。
「あぁ、これ」
「助かるわ」
クコは少しずつ、ゆっくりと飲み干した。
しばらくして。
クコは、ほっと息をついた。
「ありがとう、落ち着いたわ」
山査子は照れくさそうに笑うと、すぐに真顔に戻り
真剣なまなざしをクコに向けながら言った。
「先生」
「はい」
「私は食べることが、大好きです」
「私もよ」
クコが笑う。
「でも…」
山査子は、にっこりと続けた。
「美味しく、健康に食べ続けることの方が、もっと好きなんです」
少し間をおいて。
「だから…、腹八分目ですよ」
クコは静かにうなずいた。
「……はい」
生姜がにやりと笑う。
「先生!」
「来年もお祭り行こうね!」
クコも笑う。
「もちろん」
少し考えてから続ける。
「でも来年は……」
みんなが先生を見る。
「焼きそばを一つだけにしておこうかな」
一瞬の静寂。
そして。
「先生、それ絶対無理ー!」
夏の夜に、養生堂のみんなの笑い声が、いつまでも響いていた。
第十四話 ~完~



読むの遅れてしまった😭
今回はみんな楽しそうで夏祭り思い出したりして、凄くいい回でした✨🦋
新キャラも出てきて、凄く盛り上がってましたね✨🏮
夏祭りの懐かしさが蘇りました。
今年は行けなかったので雰囲気を味わう事が出来てほっこり。